小児滲出性中耳炎アドバンスト

その他の問題点

なぜ、各医療機関で治療方針が異なるのか?

小児の滲出性中耳炎では、医療機関に不信を感じ、通院先を変えたりするケースが後を絶ちません。なぜでしょうか。以下の理由が考えられます。

  1. なかなか治らず、通院が長期に及ぶ。
  2. 鼓膜の状態や実際の聞こえ具合など、ご両親が正確に把握できない。
  3. 通院回数も頻繁で、経費と時間の負担が重い。
  4. よくある病気なので、周囲に経験者が多く、情報が交錯する。

以上のような理由が考えられます。もちろん、これは、その心理状態を私が推測しているに過ぎないのですが。まあ、しかし、誰だってわが子の病状が頻繁に通院しているにもかかわらず、いっこうに良くならなかったら、不安になりますよね。そして、その結果、ほかの耳鼻科を受診することになるのですが、そこでもっと大きな問題に直面することになります。

『医者によってぜんぜん、いうことが違う』 『治療方針が全く異なる』

と感じられてしまうことです。

しかし、私に言わせると、各医師の間で治療方針にそれほど大きな差があるわけではありません。(※注;ただし、私の治療方針はかなり違います(笑))

まず、『お母さんのための滲出性中耳炎』第8章の治療法をご覧ください。
ごく一般的に、次のような段階を追って治療しているのではないでしょうか。

  1. 鼻の治療とポリツェル通気(ガッコウ)、時に消炎剤内服
  2. 上記でだめなら、鼓膜切開術

ほとんどの耳鼻科医院では上記のような方針で治療を行っているのではないでしょうか。場合によっては、(3)があって、自院で鼓膜チューブ留置術を行ったり、近くの病院を紹介したりします。結局、1から2に移る基準や2から3に移る基準が各医師で微妙に異なるということが、治療方針の違いを生んでいます。そして、その治療法を変更する基準は、数値で確実に決められるものではないので、『医師によって方針が違う』ということになります。

例えば、上記の(2)、『上記でだめなら』というあいまいな表現は、誰もが一致する数値的なデータに置き換えることができるでしょうか。小児滲出性中耳炎の診療で念頭に置くべきデータを列挙してみましょう。

小児滲出性中耳炎のデータ
  1. 聴力(標準純音聴力検査)
  2. ティンパノグラム
  3. 鼓膜所見
  4. 乳突蜂巣の発育程度
  5. 言語発達状態
  6. 平衡・バランス感覚
  7. 心理的状態
  8. 鼻・副鼻腔の疾患の有無と程度

以上のような因子が考えられます。これら全てを客観的な数値データに置き換えることは不可能です。つまり、判断には必ずあいまいさが残り、評価にズレが生じるのは避けられないということです。

さらに、生物には個体差、個人差というものがありますから、数値で線引きをしても、それが全ての人に最適な振り分けになるはずはないのです。ですから、ほとんど、ひたすら(1)だけを繰り返すという治療もありえますし、頻繁に(2)の鼓膜切開を繰り返すという治療方針を採る医師もいます。

これらの方針の違いは、厳密には避けられないことであり、明確に他の医師の治療方針が不適切と言い切れないのはそのことが理由です。

しかし、それにしても、鼓膜切開を繰り返す医師がいる一方で、私のようにほとんど鼓膜切開をしない医師もいるという我が国の医療は、大いに問題があるかも知れません。そして、それはわが国の医療システムにその根本的な問題点があるように私には思えます。

ちょっと脱線

わが国の医師養成について

わが国には、きっちりと診療できる医師を養成するシステムがありません。数年前に研修医制度というものが改変され、少しはマシになりましたが、ほんのちょっと以前に比べてマシになったにすぎません。結局、新米医師への臨床の指導は、その病院や医局のボスが教育熱心であったり、先輩が厳しかったり、本人のやる気や使命感が強いという場合に、少しは良い医師が養成されます。つまり、医師本人の使命感ややる気、周囲の医師、環境に頼って我が国の医師は養成されているのです。つまり、医師の養成や研修、はたまた生涯教育という面で、国が責任あるシステムを構築していないため、経験に基づく医療が漫然と行われていたり、治療方針に統一性がなく、混乱するという原因の1つがあるものと思われます。

話は戻って・・・

まとめますと、滲出性中耳炎の診療方針が定まらない理由は2つあります。

1つは、評価基準が異なったり、多少のずれが避けられないため、また、個人差や個人の社会的事情、価値観などで、治療が影響を受け、完璧に統一された方針を定めることができないという、医療が持っている特性のためという点。

もう1つは、わが国の医療システムが時代の流れに沿って発展していくという、医師への指導体制や医師の質を担保する仕組みになっていないことから来る対応の遅れ。

この2つの側面を持っているのです。 そのことは次項の小児科医とのかかわりにも影を落としている問題なのです。

小児科医とのかかわり

小児科医の治療と耳鼻科医の治療
●背景

かつては小児科医は慢性的な不足状態にあり、中耳炎や皮膚疾患などに手が回らない状態でした。現在、救急医療では、小児科医の不足が叫ばれていますが、一般診療においては、小児人口の減少から小児科医の先生方はやや余裕ができてきたといってもいいのではないでしょうか。

そのためか、最近では小児科で急性中耳炎診療に積極的に取り組むところが多くなっています。小児科は、小児疾患を扱う診療科なので、小児の中耳炎を診療するに何の問題もないということでしょうか。

●中耳炎は耳鼻科と小児科の境界領域か。

病気の種類や場所によっては、確かにどちらの診療かが扱うべきか、あるいはどちらでも診療できる場合も少なくありません。

例えば、われわれ耳鼻科領域を例に挙げると、舌癌の場合、耳鼻科で治療をしますが、口腔外科でもごく普通に治療をしています。つまり、舌癌は耳鼻科、口腔外科、どちらの科でも扱う境界領域の病気ということができます。

それでは、小児の急性中耳炎は、耳鼻科と小児科の境界領域なのでしょうか。

小児の急性中耳炎は、少なくとも現在の日本では、耳鼻科が扱うべき病気です。なぜなら、わが国の小児科医が、最初からきっちりと取り組んでいる病気ではないからです。

例えば、医育機関(医師を研修・教育する機関という意味)の代表である大学病院。熱があり、耳を痛がって泣いている3歳の男の子を大学病院小児科の外来に連れて行ってごらんなさい。果たして、わが国の大学病院の何割が受け入れてくれるでしょうか。ほとんどの場合、『耳鼻科に行ってくださ い』といわれるはずです。境界領域なら、最初から見て、最後まで責任ある医療を提供すべきでしょう。

つまり、ほとんど全ての小児科医は、小児科医になった当初、つまり医育機関に勤務しているときには、中耳炎診療にはほとんど携わっていないはずです。まあ、最近では少しずつ、以上の状況は変わりつつあるのかもしれませんが、境界領域というにはほど遠い状況なのです。もちろん、小児科を受診の際に、ついでに中耳炎もみていただくというのは現実的な方策ですので、小児科医が中耳炎診療の一翼を担っていることは間違いがありません。しかし、それは耳鼻科医と同列ということではなく、一部の初期治療を行うという範囲に限定していくほうがいいのではないでしょうか。

●それでは、小児の中耳炎は耳鼻科を受診したほうがいいのでしょうか?

私も耳鼻科医の端くれ。この設問については、声を大にして、『もちろん』と答えたいのですが、非常に残念ながら、そのように断言できない状況なのです。

わが国の耳鼻科医が小児の急性中耳炎や滲出性中耳炎に対して、適切な医療を提供しているか。私は、どうも旧態然とした医療が行われているという印象を拭い去ることができません。具体的には以下のことが挙げられると思います。

  1. 小児の急性中耳炎に抗生物質を出しすぎではないか?
  2. 小児の急性中耳炎で鼓膜切開が必要か?
  3. 小児の滲出性中耳炎で、通気が必要か?
  4. 急性中耳炎で鼻の処置は意味があるのか?
  5. 通院が頻繁すぎるのではないか?
  6. ネブライザーを安易にしすぎるのではないか?

以上のような問題点は小児科医からも指摘されている点でもあります。わが国の耳鼻科医(もちろん、私も含めてのことです。私だけは違うなどと不遜なことは申しません)は、鼓膜切開の治療効果を十分に検証せずに、し続けているということはやはり問題にされても致し方ない面があろうかと思います。

また、抗生物質は、一般的には、わが国の耳鼻科医は安易に処方しすぎているという面も否めません。そして、例えば、小児の急性中耳炎で、最初に処方すべき抗生物質が出されているかどうかという点も疑問です。はっきり言って、耳鼻科医の中耳炎診療に改善すべき点はあると思います。

しかし、それは耳鼻科医自身が自分の古くからの経験を否定するという、きわめて難しいことから始めないと、改善は望めないでしょう。

一方、小児科医の中耳炎診療はどの様に構築されているのでしょうか。これも個人差があり、真摯に取り組んでおられる医師から超いいかげんな医師までさまざまでしょう。ただ、真剣に中耳炎診療を勉強しようとすると、当然の結果として、海外論文に行き着きます。

つまり、欧米の最新論文を目にすることになります。そうすると、わが国の小児科医は、最も新しい欧米の治療方針やその考え方を理解し、それに沿った方針で小児の中耳炎診療に臨むことになるのです。

耳鼻科医の伝統と経験に基づく医療を全面的に否定するわけではありませんが、医療も科学、時代と共に進歩・発展しています。その発展した中耳炎医療をわが国の小児科医たちは受け入れ、実践していくのです。つまり、耳鼻科医にとって悪い言い方をすると、耳鼻科医は旧態然とした医療、小児科医は欧米の研究成果に基づく最新の医療ということになってしまいます。もちろん、全てがそうであるはずはありません。

また、診察技術や処置の技能の問題もあります。しかし、一部ではこのようなことが、当然の結果として、起こっていることは間違いありません。

ここでも少し脱線

ごく最近(2006年7月)、耳鼻科の学会から『小児急性中耳炎診療ガイドライン』が発表されました。その内容は多くの問題点がありますが、私の不満は大きく2つ、あります。 一つは、このガイドラインの使用対象者が耳鼻科医であるという点です。どうして、小児科医やほかの誰でも使えるガイドラインにしなかったかということです。現実問題として、小児科医が中耳炎診療に携わるのは必要なことですし、避けられないことです。小児科医が望まなくても、成り行き上、中耳炎診療をせざるを得ないという局面はいくらでもあります。つまり、間違いなく小児科医はわが国の小児急性中耳炎の診療の一部を担っているのです。そうすれば、小児科医がどの様に急性中耳炎に関わり、どの時点で耳鼻科医にバトンタッチすればよいかを明確に耳鼻科医側が示すべき、というのが私の考えです。 もう1つは、中耳炎診療の実情に即した判断ができていない点です。わが国で頻繁に用いられている点耳液の位置づけについて、ガイドラインは何も語ってくれません。鼓膜切開についても、全く掘り下げた議論がなされておらず、話になりません。欧米の臨床論文にその答えがないことははじめから明確なので、早期に臨床試験をすべきであったと私は考えています。

話を戻して

つまり、結論を申しますと、小児の急性中耳炎診療において、一部の小児科医は、一部の耳鼻科医よりも適切な医療を提供しているであろう、ということになります。

ただ、こんな文言では、一般の方々にはあまり役に立つ情報ではありませんね。ちっとだけ言い方を変えてみます。わが国で小児科医に中耳炎を診てもらうことは不適切とは言い切れない、という表現でどうでしょうか。まあ、これでは熱心に中耳炎診療に取り組んでおられる小児科医の反発を招きそうですが、小児科開業医の3分の1から2分の1は、中耳炎診療に積極的ではないことを考えるとほぼ妥当な表現のように私には感じられます。

余談ながら、欧米では小児の急性中耳炎は、小児科医や家庭医(family doctor)が診療しています。つまり、耳鼻科医が扱う病気ではないということです。これは医療のシステム上の違いから来ることなのです。わが国では、欧米に比べ、耳鼻科医の数が人口比で非常に多くなっています。一方、欧米では初期治療を小児科医や家庭医がしないと中耳炎が診てもらえないほど耳鼻科医が少なく、初期治療でもだめな場合にはじめて、専門医療ということで耳鼻科医が登場します。

つまり、急性中耳炎の初期治療は小児科医や家庭医が担当しても良いということになります。この欧米の医療に勢いを得て、わが国でも急性中耳炎は小児科が扱うべき病気という意見を言う人がいます。しかし、それはシステムの違いから来ることで、初期から専門医の耳鼻科医が診るほうが本来はいいはずです。欧米ではそれができないとか、コストがかかりすぎるので、初期治療を小児科医に託しているにすぎません。

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