我が国での治療方針は2層構造になっているという面があります。まず、開業医を中心とした外来治療があります。そして、もう1層の治療が病院で行われている手術です。
適正な医療の流れとしては、まず、開業医で治療が行われ、それでもよくならず手術が必要な場合には病院を紹介され、手術になるという流れです。しかし、残念ながら、滲出性中耳炎では、このようなことがスムーズに流れているとはいえません。なぜでしょうか。
その理由は、まず第1に、医師の治療方針の違いがやはり大きく影響しています。治療方針に違いがなくても、その時点の鼓膜や聴力の評価がまちまちだという面もあります。 つまり、この程度なら、まだまだ外来診療でよいと判断するのか、もう手術が必要であろうと判断を下すのか、難しい面があります。
第2に、診療所と病院の役割分担が明確ではないことが挙げられます。病院が滲出性中耳炎の診療をどこまでするのか、医師の考えやその土地の医療事情などで大きく変わってきます。例えば、病院の医師の仕事が激務であれば、滲出性中耳炎の外来治療は全て開業医に任せるという方針を取るところがあるでしょうし、医療機関の乱立した地域であれば、当然、外来治療も行うという病院があるでしょう。
第3に、患者家族の考え方があります。手術をしてでも早くよくしてやりたいと思う親、手術なんて怖いことは一切お断りという親、ご両親の価値観はまちまちです。
以上のことから、わが国の滲出性中耳炎の診療がどのようになっているかというと、開業医だけに通院し続ける人、開業医から手術を勧められ、病院を紹介してもらい手術を受ける人、紹介してもらっても手術に踏み切れず、また通院治療を続ける人、なかなか治らないので、医療機関を転々とする人、手術を受けるつもりが、他の開業医で手術は必要ないといわれ悩む人、等々、いろいろな人がいらっしゃいます。そして、その全てをすっきりとした形で統一することは、判断の差や価値観の違いがある以上、不可能といわざるを得ません。もちろん、お子様の治療の決定権はご両親にあるわけですから、いろいろな情報を得たあとは、しっかりとした希望を持ってそれを伝えることが大切になるのです。
以上の現状を何とかしたいという強い思いが私にはありました。そして、そんな時、新しい医療の流れ、EBMという手法を知ることになりました。
私は早速、このEBM(Evidence-based Medicine;根拠に基づく医療)という新しい医療の考え・流れに沿って、滲出性中耳炎の治療について検討しました。
過去の世界で発表された臨床論文を検索し、信頼できるデータだけを集めて、各治療法がどの程度の効果があるのかを検討したのです。 その成果としての欧米の耳鼻咽喉科医の共通認識は、以下の通りです。
結局、滲出性中耳炎に効果が認められるのは、抗生物質のごく短期的な効果と、あとは、これもやはり期待通りの効果とは言い難いのですが、アデノイド切除術と鼓膜チューブ留置術だけでした。
以上の結果を基に、私の治療方針はとてもシンプルなものになりました。
当初は、自然治癒を期待して、”watch and wait”、「見て、待つ」という、経過観察だけを行います。通院は2〜4週間に1度となり、耳管通気(ガッコウ通気)は全期間を通じて一切行いません。
鼓膜切開は、経過観察中、難聴がきつくなったり、症状による不快感が強い場合に行うことがあります。鼓膜切開は行う場合でも1・2回にとどめ、何度も繰り返すことはありません。
3ヶ月を経過して、鼓膜の状態が悪いままで、はっきりとわかるほどの難聴がある場合には、鼓膜換気チューブ留置術をお薦めします。3ヶ月の時点であまり難聴もないようなら、さらに経過観察を続けます。アデノイド切除術はチューブ留置術を受ける4〜6才の小児で手術中にアデノイドの大きいことが確認できた場合に行っています。
鼻づまり、鼻水などの鼻の症状がある場合にはその治療を行いますが、症状のないときに漫然と鼻の治療を続けることはありません。
つまり、滲出性中耳炎そのものに対しては、内服薬や点耳液は一切出さない。最初の3か月は経過観察のみを行います。3か月以上経過しても治らなかったり、聴力が悪かったりの場合には鼓膜チューブ留置術をお勧めするというものです。
もう4年くらいはこの治療方針で診療を続けています。それでわかったことは、滲出性中耳炎はやはり、自然治癒率が高いということ、それと、鼓膜や聴力の状態が非常にダイナミックに変動するということです。全く何の治療もしなくても、2〜3週間後にみると鼓膜の状態が正常化していたり、かと思うと、その2週後にはまた滲出液がたまっていたりするのです。これらのことは何もせずに経過観察だけをしているからわかることで、途中で耳管通気をしたり、鼓膜切開をすれば、それによってよくなったと誤解しがちになるという危険性を感じずにはいられませんでした。そのように解釈すると、欧米の研究データで、鼓膜切開の効果がないという結果も、非常に納得できるというか、合点がいくのです。 しかし、私の治療方針も全く問題がないわけではありません。例えば、私の治療方針を厳密に守ると、チューブ留置術をしなければならない小児はとても多くなります。私は手術をお勧めする基準に入った小児の5人に1人程度しか、実際には手術をしておりません。なぜこのようなことがおこるのでしょうか。それは、まず第1には、ご家族が手術をためらうということが最も大きなものです。そして、もう2〜3か月経過を見ていくとかなり改善するということがおこったりします。
このような経験から、結局、3か月や6か月で区切って判断するという、時期だけを決めた定点観察ではあまりにも不備だということです。もっと時間経過を把握できるような、線、あるいは面での観察が不可欠ということになります。
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